判例

    名古屋高判平16・12  東京高判16.3.16  名古屋高判平12・8


判例 平成17年07月19日 第三小法廷判決 平成16年(受)第965号 過払金等請求事件

要旨:貸金業者は、債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、特段の事情のない限り、 信義則上これを開示すべき義務を負う

内容:件名 過払金等請求事件 (最高裁判所 平成16年(受)第965号 平成17年07月19 日 第三小法廷判決 破棄差戻し)
原審 大阪高等裁判所 (平成15年(ネ)第3348号)

主    文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理    由

上告代理人B、同Aの上告受理申立て理由について

1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けて貸金業を営む貸金業者である。

(2) 被上告人は、第1審判決別紙「利息制限法による計算書」記載のとおり、平成4年2月26日から平成14年10月10日まで、109回にわたって上告人に金銭を貸し付け、129回にわたって上告人から弁済を受けた。

(3) 上記各貸付け(以下「本件各貸付け」という。)の約定利率は、利息制限法1条1項所定の制限利率を超過している。

(4) A弁護士は、平成14年10月、上告人から債務整理を依頼され、同年11月1日付け通知書で、被上告人に対し、上告人の代理人となる旨の通知をするとともに、上告人と被上告人との間の全取引の明細が整わないと返済の計画を立てることができず、返済案の提示が遅れる旨付記した上、過去の全取引履歴の開示を要請した。しかし、被上告人は、取引履歴を全く開示しなかった。

(5) A弁護士は、同月25日、同弁護士の事務所の事務員(以下「事務員」という。)に指示して、債権届を至急提出するよう被上告人に電話連絡をさせた。その際、被上告人の担当者は、和解を前提とする話合いを申し出たが、事務員は、先に取引履歴の開示を求める旨返事をした。

(6) A弁護士は、同年12月10日及び平成15年1月10日にも、事務員に上記電話連絡と同様の電話連絡をさせ、さらに、同年2月12日付け書面及び同年3月13日付け取引履歴開示請求書により全取引履歴の開示を求めたが、被上告人はこれに応じなかった。

(7) 上記取引履歴開示請求書には、B弁護士も上告人の代理人になること、同年3月20日までに取引履歴を開示するよう求めることが記載されていたので、被上告人の担当者は、同月14日、B弁護士に電話をして和解を申し出たが、同弁護士は、早急に取引履歴の開示を求めると言ってこれを断り、同年4月4日の電話で、被上告人に対して更に取引履歴の開示を求めた。これに対して、被上告人の担当者は、「みなし弁済の規定の適用を主張する。和解交渉をさせていただくが、取引履歴の開示はできない。」 と答えた。

(8) B弁護士と被上告人の担当者との間では、同月15日、16日にも電話で同様のやり取りがあり、結局、上告人は、同月18日、本件訴訟を提起した。

(9) 本件訴訟は、上告人が、被上告人に対し、本件各貸付けにつき支払われた利息について、利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超える部分を元本に充当すると過払金が生じているとして、不当利得返還請求権に基づき、過払金の返還を求めるとともに、貸金業者である被上告人は、貸金業法等の法令又は契約関係から生ずる信義誠実の原則に基づき取引履歴の開示義務があるのに、合理的な理由なく上告人からの開示要求に応じなかったものであり、そのために上告人の債務整理が遅れ、上告人は精神的に不安定な立場に置かれたとして、不法行為による慰謝料の支払を求めるものであるが、過払金の返還請求については、第1審で認容され、被上告人はこれに対して不服を申し立てなかった。

(10) 被上告人は、本件訴訟(第1審)において上告人との間の全取引履歴の開示をした。

2 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断し、上告人の慰謝料請求を棄却すべきものとした。

(1) 貸金業法その他の法令上、貸金業者の取引履歴の開示義務を定めた明文規定はない。貸金業法19条は、取引履歴の開示義務を定めたものではなく、金融庁事務ガイドライン3−2−3は、行政上の監督に関する指針と考えられるもので、法的な権利義務を定めたものとは理解できないし、その内容も一般的な開示義務があるとしたものとは理解し難い。また、貸金業者と債務者との間には、契約関係があり、これに基づく権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行うべきものであるが、信義誠実の原則から、当然に、取引履歴の開示義務が導かれると解することも困難である。

(2) 債務者の開示要求に対し、貸金業者が取引経過に関する情報を開示しないことが、信義誠実の原則に著しく反し、社会通念上容認できないものとして、不法行為上、違法と評価される場合もあり得る。
しかし、本件の場合、上告人は、債務を確定し債権者への平等弁済等を図るためではなく、過払金返還請求をするために、取引履歴の不開示による上告人の債務整理手続への影響等の個別事情は一切明らかにせず、取引履歴の開示要求をしたものであり、これに応じなかった被上告人の行為をもって、信義則に著しく反し、社会通念上容認できないものとして、不法行為上違法と評価され、損害賠償義務が発生すると断定することは困難である。

(3) 債務整理が遅れたことによる上告人の精神的負担は、消費貸借という取引行為に起因するものであるから、基本的には、過払金返還請求(遅延損害金を含む。)が認められることにより損害がてん補される関係に立つものというべきであり、それを超えた特別の精神的損害が発生するような事情は見当たらない。

3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 貸金業法19条及びその委任を受けて定められた貸金業の規制等に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)16条は、貸金業者に対して、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え、債務者ごとに、貸付けの契約について、契約年月日、貸付けの金額、貸付けの利率、弁済金の受領金額、受領年月日等、貸金業法17条1項及び18条1項所定の事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し、これを保存すべき義務を負わせている。そして、貸金業者が、貸金業法19条の規定に違反して業務帳簿を備え付けず、業務帳簿に前記記載事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をし、又は業務帳簿を保存しなかった場合については、罰則が設けられている(同法49条7号。貸金業法施行時には同条4号)。

(2) 貸金業法は、貸金業者は、貸付けに係る契約を締結するに当たり、17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を債務者に交付し、弁済を受けた都度、直ちに18条1項所定の事項を記載した書面(以下、17条書面と併せて 「17条書面等」 という。)を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条、18条)が、長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には、特に不注意な債務者でなくても、交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり、貸金業法及び施行規則は、このような場合も想定した上で、貸金業者に対し、同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解される。

(3) また、貸金業法43条1項は、貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払ったものについては、利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超えるものであっても、17条書面等の交付があった場合には有効な利息債務の弁済とみなす旨定めており(以下、この規定によって有効な利息債務の弁済とみなされる弁済を「みなし弁済」という。)、貸金業者が利息制限法1条1項所定の制限利率を超える約定利率で貸付けを行うときは、みなし弁済をめぐる紛争が生ずる可能性がある。

(4) そうすると、貸金業法は、罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって、貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに、債務内容に疑義が生じた場合は、これを業務帳簿によって明らかにし、みなし弁済をめぐる紛争も含めて、貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。金融庁事務ガイドライン3−2−3(現在は3−2−7)が、貸金業者の監督に当たっての留意事項として、 「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」
と記載し、貸金業者の監督に当たる者に対して、債務内容の開示要求に協力するように貸金業者に促すことを求めている(貸金業法施行時には、大蔵省銀行局長通達(昭和58年9月30日付け蔵銀第2602号)「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」第2の4(1)ロ (ハ)に、貸金業者が業務帳簿の備付け及び記載事項の開示に関して執るべき措置として、債務内容の開示要求に協力しなければならない旨記載されていた。)のも、このような貸金業法の趣旨を踏まえたものと解される。

(5) 以上のような貸金業法の趣旨に加えて、一般に、債務者は、債務内容を正確に把握できない場合には、弁済計画を立てることが困難となったり、過払金があるのにその返還を請求できないばかりか、更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど、大きな不利益を被る可能性があるのに対して、貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり、貸金業者に特段の負担は生じないことにかんがみると、貸金業者は、債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして、貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは、その行為は、違法性を有し、不法行為を構成するものというべきである。

(6) 前記事実関係によれば、上告人の取引履歴の開示要求に上記特段の事情があったことはうかがわれない。そして、上告人は、債務整理を弁護士に依頼し、被上告人に対し、弁護士を通じて、半年近く、繰り返し取引履歴の開示を求めたが、被上告人がこれを拒絶し続けたので、上告人は、その間債務整理ができず、結局、本件訴訟を提起するに至ったというのであるから、被上告人の上記開示拒絶行為は違法性を有し、これによって上告人が被った精神的損害については、過払金返還請求が認められることにより損害がてん補される関係には立たず、不法行為による損害賠償が認められなければならない。

4 以上と異なる見解に立って、上告人の被上告人に対する請求を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、慰謝料の額について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

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